10月7日 Vol.2311 「講演サマリー」

昨日、大手S証券さん主催のセミナーにて、講演をさせていただきました。
講演を聞いていいただいたのは、主にアナリストの方々です。

このような金融の専門家の方々に、農業の意義や成長性をご理解いただき、農業に投資マネーが流入拡大することを期待しています。

S証券さんの事務方が、以下の様に、僕の講演のサマリーをまとめていただきました。 ご参考にご紹介いたします。

1 日本農業が直面する構造的課題と米価格の行方
本セミナーでは、ナチュラルアート代表の鈴木氏が約25年間の農業ビジネス経験をもとに、日本農業が抱える構造的な問題と今後の可能性について解説した。
日本の農業では、過去20~30年間で農業者が急速に減少している。農業法人や個人事業者の実質8~9割が赤字と推定され、赤字経営では後継者も育ちにくい。農業者は栽培技術に優れていても、人事、労務、財務、ガバナンスといった組織経営の経験が不足している場合が多く、経営力の向上が重要な課題となっている。
さらに深刻なのが価格設定の問題である。JAや卸売市場を経由する従来型の流通では、農家の手取りは最終小売価格の3~4割程度にとどまり、生産コストを下回るケースも珍しくない。また、出荷時点で販売価格が確定せず、数日~数カ月後に精算価格が通知されることもあり、価格決定メカニズムに問題があるケースも少なくない。一方、道の駅などの直売所では、農家自身が価格を決められるため、手数料を差し引いても生産原価を上回る収入を得られる事例が増えている。
米価格についても、情報不足が相場の乱高下を招いている。今年の農家手取り相場は一俵(60kg)13,000~15,000円程度とされ、前年の30,000~35,000円から大幅に下落した。現在の水準は生産コストを下回るとされ、来年の作付け意欲低下も懸念される。
農水省などによる「豊作」との情報が価格下落を加速させたが、鈴木氏は、天候被害や品質低下を考慮すると最終的には豊作にはならないと予測する。ただし前年からの在庫も残っているため、短期的な価格急回復は難しい。備蓄米の買い取りなどで在庫調整が進めば価格は上昇に向かう可能性があり、再生産と適正利益を確保できる一俵20,000円台が一つの適正水準になるとの見方が示された。

2 農業を持続可能な産業に変える「経営力」と異業種連携
農業再生のためには、単に農作物を作って販売する従来型モデルから脱却し、経営力を高める必要がある。特に重要なのが、農家が継続的に生産できる「再生産価格」を確保することである。
鈴木氏は、年間約3兆円の農業予算を細かな補助金として配分する現在の仕組みではなく、欧米型の個別所得補償制度への転換が必要だと主張する。また、外食企業と農業側が直接契約する取り組みについても、生産原価に一定の利益を上乗せして価格を決める仕組みであれば、双方にメリットがあると評価している。
農業経営では規模拡大だけを追求すればよいわけではない。日本では農地が多数の場所に分散している場合があり、面積を広げるほど移動などの負担が増し、かえって効率が低下するケースもある。重要なのは、それぞれの地域や農家に合った「適正規模」で効率化することであり、中小規模でも十分に競争力を持つことが可能だという。
さらに農業の経営力を高める手段として、鈴木氏が重視するのが異業種との連携である。自動車、化学、ITなどの大手企業が持つ資本、技術、経営ノウハウを農業に取り込むことで、農業者が不足している組織運営やガバナンスの能力を補うことができる。
異業種側にもメリットがある。特に農地が持つCO₂吸収機能は、企業の脱炭素戦略との親和性が高い。農業を単なる食料生産産業としてではなく、社会全体のCO₂削減を支えるインフラとして捉えることで、新しい資金や技術を農業に呼び込める可能性がある。

3 食料インフレ時代における日本農業の成長可能性
世界的な異常気象や農業者の減少により、今後は食料インフレが長期化する可能性がある。今年も日照不足や大雨などが野菜生産に影響し、レタスなどの価格が大きく上昇した。海外でも干ばつが深刻化しており、ワイン用ブドウやオリーブなどが大きな被害を受けている。
こうした状況の中、日本が豊富な水資源を持つことは大きな競争優位となる。加えて、日本には完熟トマト、苺、キュウリなど世界的にも高い農業技術があり、国内市場だけでなく輸出産業として発展する余地も大きい。
鈴木氏は以前から、農産物の流通価格を平均2割程度引き上げるだけでも農家の再生産価格を確保できると主張してきた。年間約10兆円の農業生産高が2割増加すれば約12兆円となり、農業経営を大きく改善できる。しかし実際には適正な価格形成が進まないまま、生産者減少や異常気象によって食料価格が上昇するという、望ましくない形でインフレが進んでいる。
AIやロボット技術にも期待が寄せられる。海外では農作業データを収集してフィジカルAIの開発に活用する動きが進み、日本でも衛星を活用した無人トラクターが実用化されている。農業者減少を補う技術として有望である一方、現段階では導入コストが高く、農産物価格をさらに押し上げる可能性もある。技術導入と価格負担のバランスが今後の課題となる。

まとめ(終わりに)
日本農業の最大の問題は、農業者が減少していることそのものではなく、「作り続けても利益が出ない」という経済構造にある。生産原価を下回る価格、遅れて公表される需給情報、経営ノウハウの不足が重なり、後継者不足と生産量減少を加速させている。
今後必要なのは、農家が再生産できる適正価格を確保するとともに、リアルタイムに近い需給情報を整備し、所得補償や契約取引などを通じて農業経営を安定させることである。また、大手異業種企業の資本・経営力・技術を農業に取り込み、CO₂削減やAI活用といった新たな価値を生み出すことも重要となる。
世界的な食料不足や水資源問題が深刻化する中、豊かな水と高い生産技術を持つ日本農業は、見方を変えれば大きな成長余地を持つ産業でもある。農業を「守るべき産業」としてだけでなく、適正な価格と経営力を備えた持続可能なビジネスへ転換できるかどうかが、今後の日本の食料供給と農業の将来を左右すると考えられる。